FASHION ICON(ファッションアイコン)とは?

ファッション界を牽引し、トレンドを生み出す人。つまり、ファッションリーダーという意味。

 

日本には海外有数のファッション大国に比べると、世界で活躍するファッショニスタが少ないと巷では囁かれています。

しかしどうでしょう。日本中を見渡してみると、世界で活躍する著名人はたくさんいるではないでしょうか。

今回は、そんな世界が注目するファッションアイコン3選を紹介します。彼らのコーディネート、そのアイテムから常にトレンドが生み出されています。

近年では、海外でも日本のファッションが認められ注目されつつあります。それも彼らの影響が大きいからではないでしょうか。

さて、日本が誇るファッショニスタ達を見ていきましょう。

 

まずはこの人。

 


NIGO


【プロフィール】
名前:NIGO(長尾智明)
生年月日:1970/12/23(47歳)
出身地:日本 群馬県

 

彼はファッションデザイナー、ファッションディレクター、音楽プロデューサー、およびDJであり、あの世界に誇るファッションブランドA BATHING APEの創業者です。

このブランドの正式名称はア ベイシング エイプ ルークウォーム ウォーター(A BATHING APE IN LUKEWARM WATER)であり、BAPEと省略して呼ばれることもあります。ぬるま湯に浸かった猿という意味を持っており、主に猿をモチーフとしたデザインが多く見られます。とても独特な発想ですよね。

1993年に設立したノーウェアが扱うファッションブランドで、現在では世界各地で約50店舗展開しており、BAPE STOREという店舗で販売されています。

また、音楽の場として、APE SOUNDS®︎(エイプ サウンズ®︎)や、喫茶店である、BAPE CAFE!?(ベイプ カフェ!?)などファッション以外でも多くの場で活躍しているブランドです。

そんな世界に誇るブランドを立ち上げたNIGOさんですが、2005年には THE NEPTUNESのファレル・ウィリアムスと組み、ファッションブランドBILLIONAIRE BOYS CLUB  とICE CREAMEを立ち上げました。裏原宿に店舗があるので、知っている方も多くいるかと思います。

彼は1990年代の裏原宿系ファッションブームの生みの親とも言われ、ファッション界に多大な影響を与え続けているインフルエンサーです。

色々な経験を経て、現在はフリーになりHUMAN MADE (ヒューマンメイド)というブランドを手掛けています。

このHUMAN MADE  (ヒューマンメイド) というブランドは過去と未来の融合というテーマを掲げ、2010年秋冬シーズンにスタート。特徴としては、ヴィンテージアイテムからインスパイアされ、そこにモダンテイストを融合したデザインとなっています。アメカジブランドのWAREHOUSE(ウェアハウス)と共同で作られています。

そんな彼のコーディネートは、シンプル斬新の融合であり、その独特な感性によって常にトレンドが生み出されているのではないでしょうか。

 

次はこの人。

 

 


VERBAL


【プロフィール】
名前:VERBAL(リュウ・ヨンギ、柳 栄起)
生年月日:1975/8/21(43歳)
出身地 :東京都

 

彼はMC、DJ、プロデューサー、およびデザイナーであり、M-FLOTERIYAKI BOYZの一員です。数々のアーティストとコラボレーションしており、PHARRELL WILLIAMS(ファレル・ウィリアムス)KANYE WEST(カニエ・ウエスト)WILL.I.AM(ウィル・アイ・アム)などの海外アーティストとも交流があります。

M-FLOでの活躍が目立ちますが、他にも多くの挑戦をされていて、本当に凄い方ですね。

プロフィールで気付いた方もいるかと思いますが、実は彼は母親が韓国人、父親が日本人のハーフなのです。

日本に生まれ、子供時代にはボストンに滞在した経験もあり、東京都世田谷区のセント・メリーズ・インターナショナル・スクールに進学し、TAKU TAKAHASHIと出逢い、N.M.Dに加入しました。

卒業後はアメリカのボストン大学に入学し、そこで妻となるYOON (ユーン)と出逢い、2008年に、VERBALとYOONがANTONIO MURPHY&ASTRO(アントニオ マーフィー&アストロ)のセカンドラインとしてアクセサリー、ジュエリーブランドであるAMBUSHをスタートさせた。

このブランドは、もともと親交のあったKANYE WESTが着用したことをキッカケに国内外で爆発的に人気沸騰しました。代表作としてはPOW!®︎モチーフのアクセサリーがあります。

2016年には渋谷で初の路面店をオープンし、海外でもアメリカ、カナダ、フランスなど世界中でその名を轟かせている。

そんな彼ですが、学生時代は地味だったそうで、YOONのファッションにとても影響を受けたそう。

意外ですね。学生時代からバチバチにファッションを楽しんでそうなイメージでした。

そして、2011年にはリーボックのアジア地域クリエイティブ・ディレクターに就任しました。

彼のこれまでの経歴を見てみると、あの派手なイメージからは想像もつかないような努力で成功を掴んだのだと分かりますね。

 

最後はこの人。

 


藤原ヒロシ


【プロフィール】
名前:藤原ヒロシ(フジワラヒロシ)
生年月日:1964/2/7(54歳)
出身地:日本 三重県

 

彼はファッションデザイナー、音楽プロデューサー、ミュージシャン、およびDJであり、YO-KINGと共にAOEQというユニットを組んでいる。

現在では、シンガーソングライターとしても活躍している。

1990年代から原宿カルチャーを牽引しており、今ではクリエイターとして世界でも活躍している。

先ほど紹介したNIGOと共に、1990年代の裏原宿ストリートファッションブームの生みの親とも言われ、彼のアイテムは頻繁に雑誌に取り上げられており、常に注目の的だ。

そんな彼がかつて、一躍脚光を浴びるキッカケとなったのは、1980年代に誰よりも早くDJを海外から持ち込んだことだ。

彼が放った一つの名言がある。
「物を作るだけでなく、いつ、誰がやったのかということから生まれる空気感までを作りたい」

個性的な髪型とアイウェアの裏には、こんな熱い想いが滾っていたのだ。そして、その言葉から分かるように、彼はまさに生粋のクリエイターだ。

彼は何故ここまで世界的有名ブランドとのコラボレーションが実現できたのか?

90年代に裏原宿ストリートファッションブームが流行するまでは、ブランド同士が協力して一つのモノを作り上げるということは世界でも珍しかった

そんな時代からコラボレーションというクリエイティブな発想を持ち合わせていたからこそ成し得た偉業だ。

今後も彼のクリエイティブな新コレクションに注目が集まる。常に目が離せそうにない。